POLESTARⅠ和訳 LESSON 3
数研出版 050 POLESTAR LESSON 3
The Story of Sushi
(お寿司の話)
P.27
寿司には長い歴史がある。それは多くの変化を遂げてきて、今世界中で最も人気のある日本食である。
P.28 〔和訳〕
あなたの好きな日本食は何だろうか?
天ぷらという人もいれば、すき焼きと言う人もいるだろう。
またあなた方の多くは、すしと答えるだろうが、その歴史を知っている者は、あなたたちの内わずかしかいないだろう。
実は、寿司は日本から来たものではない。
それはおそらく2000年以上前に米と共に中国からやって来た。
当時、寿司は魚と米を1年ほど発酵させることによって作られた。
人々は魚だけを食べ、米は捨てた。
今日、同じタイプの寿司が東南アジアのいくつかの国々で見つけられる。
日本では、滋賀県のフナズシがこのタイプのいい例である。
フナズシを食べてみると、あなたはこの発酵食品が放つ匂いを大好きになるか、大嫌いになるかどちらかである。
GR 4 ミドリは隣に住んでいる少女である。
GR14 これは私が機能買った腕時計だ。
IE 13 ミス・ブラウンの車は白か銀色のどちらかだ。
【AP】〔解答例〕
1年ほど魚と米を発酵させたもの。
P.29 〔和訳〕
時間が経つにつれて、寿司は日本でいくつかの変化を経験した。
まず、発酵時間が7日間ほどに短縮され、魚だけでなく米も食べられるようになった。
この種の寿司は、生馴れと呼ばれる。
次に、発酵時間はさらに短縮された。
1600年頃、米にお酢を加えることによって新しい種類の寿司が作られた。
これは早ズシである:人々は、それを食べる為に一晩だけ待った。
IE 4 彼女は私の誕生日にカードだけでなくプレゼントも送ってくれた。
【AP】〔解答例〕
生馴れ、早ズシ
P.30 〔和訳〕
そして1820年に大きな変化が起きた。
華屋与兵衛という名前の寿司職人がお酢をうった米を手で握り、その上に魚の切り身をのせたのだ。
人々は、今直ちに寿司を食べることが出来た。
これが今日の握り寿司の始まりである。
与兵衛は握り寿司の箱を江戸の通りで売り始めた。
彼のビジネスは大きな成功となり、寿司は急速に人気となった。
1923年の関東大震災の後、多くの寿司職人が東京を離れ、握り寿司は日本中に広まった。
【AP】〔解答例〕
Ⅰ.お酢をうった米を手で握り、その上に魚の切り身をのせ、直ちに食べられること。
Ⅱ.関東大震災の後に多くの寿司職人が東京を離れた為。
P.31 〔和訳〕
1980年代、子供たちの好きな食べ物はカレーライスだった。
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